計算論的精神医学研究室
(Computational Psychiatry Lab)

精神医学における症状は“ことば”で記述される。精神病理学によって精神症状学という“ことば”の記号体系が構築されてきたが、精神症状は“ことば”のみでしか記述できないわけではなく、他の記号体系、例えば数学によって記述されてもよい。計算論的精神医学は精神病理学の方法論の一つであるとも言えよう。一方、脳活動・脳機能も数学によって記述し得るが、精神現象と脳活動・脳機能という異なる現象を同じ記号体系によって記述することができるのが、計算論的精神医学の特質であろう。身体医学に比し、精神障害のほとんどは、診断や治療に役立つような生物学的知見は未だに得られていない。精神医学においては、症状論、病態論、治療回復論において、精神と脳とを連繫させることが必要であるが、計算論的精神医学にその可能性を見ている。

NIMHの所長Joshua A. Gordonは、今後の精神医学における計算論的アプローチの重要性を強調し、NIMHにおいて“Computational Psychiatry Program”を開始している。我々も、この新しい研究アプローチの発展は精神医学において必須であると考えており、Sense of Agency研究を主軸に据えて研究を進めて行く所存である。

Members

三村 將(慶應義塾大学医学部精神・神経学科学教室)
前田貴記(慶應義塾大学医学部精神・神経学科学教室)
山下祐一(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター)
沖村宰(碧水会長谷川病院精神科、慶應義塾大学医学部精神・神経学科学教室)

[共同研究者]
太田順(東京大学人工物工学研究センター)
田中昌司(上智大学理工学部情報理工学科)
国里愛彦(専修大学人間科学部心理学科)
片平健太郎(名古屋大学大学院情報学研究科)
寺澤悠理(慶應義塾大学文学部 心理学専攻)

Projects

  • リカレント・ニューラルネットワーク(RNN)を用いたsense of agency: SoAの生成機序、統合失調症におけるSoA異常の病態生理への計算論的アプローチ
    (文部科学省新学術領域研究「脳内身体表現の変容機構の理解と制御」http://embodied-brain.org/
  • Mobile Mental Healthプロジェクト:
    機械学習によるスマートフォンログからストレス状態を推定する技術の開発
    (東京大学人工物工学研究センター、NTTドコモサービスイノベーション部との共同研究https://www.nttdocomo.co.jp/info/news_release/2018/03/19_02.html
    https://www.nttdocomo.co.jp/info/news_release/2019/04/12_01.html
  • 予測符号化(predictive coding)理論に基づく発達障害の病態理解と支援技術の開発
    (JST CREST「認知ミラーリング:認知過程の自己理解と社会的共有による発達障害者支援」 http://cognitive-mirroring.org/
  • 自閉症スペクトラム障害の注意障害の病態と、それに対する経頭蓋磁気刺激の治療効果の機序に関する計算論的アプローチからの理論的示唆
    (昭和大学発達障害医療研究所における「平成31年度文理融合型の共同研究」)

Meetings and Events

第3回研究会
令和元年8月9日(金曜日)
山下祐一(国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所)
「ニューラルネットワーク・モデルを用いた精神疾患研究」
概要:ニューラルネットワーク・モデルは、ニューロン素子とシナプス結合により構成される計算モデルであり、生物の神経回路網を模している点では前回扱った生物物理学的モデルと類似している。生物物理学的モデルが、個々のニューロンのスパイクレベルをモデル化するのに対し、ニューラルネットワークは、ニューロン集団の発火頻度(周波数)を表現することで脳領域間の相互作用といったより抽象度の高いレベルをモデル化する。最大の違いは、学習によりシナプス結合を最適化する強力なアルゴリズムが存在し、連想記憶、感覚・運動マッピング、時系列パターンの生成など、さまざまな知的情報処理を実現できる点である。これにより、複雑な認知・行動プロセスをモデル化し、その失調としての精神障害の病態理解に貢献することが期待される。研究会では、ニューラルネットワークの概要と代表的な精神疾患研究に加えて、最新の研究動向について紹介する。

第115回 日本精神神経学会学術総会 シンポジウム
『統合失調症のSense of Agency研究:精神病理学-計算論的精神医学-神経科学の連繋』
日時:2019年6月22日(土)10:20-12:20
会場:新潟・朱鷺メッセ 4F国際会議室(M会場)
【司会】
前田貴記(慶應義塾大学 医学部 精神神経科)
山下祐一(国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第七部)
【シンポジスト】
「統合失調症における自我障害の精神病理学」
前田貴記(慶應義塾大学 医学部 精神神経科)
「統合失調症における自我障害の神経心理学:Sense of Agencyとは?」
大井博貴(駒木野病院 精神科、慶應義塾大学 医学部 精神神経科)
「統合失調症におけるSense of Agencyの神経生理学」
温文(東京大学 大学院工学系研究科 精密工学専攻) 
「予測符号化理論に基づく統合失調症の病態理解:精神病理学と神経科学の橋渡しとしての計算論的精神医学」
山下祐一(国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター神経研究所 疾病研究第七部)
「ニューラルネットワークモデルによる統合失調症でのSense of Agency異常の病態仮説検証」
沖村宰(医療法人社団碧水会 長谷川病院 精神科、慶應義塾大学 医学部 精神神経科)

第2回研究会 総評
平成31年4月12日(金曜日)
沖村宰(碧水会長谷川病院、慶應義塾大学医学部精神・神経学科学教室)
「生物物理学的モデルの概要と精神疾患への適用例」
概要:生物物理学的モデルとは、ニューロンの膜電位などの生物学的システムの知見を数式で表し、ニューロンの発火のタイミングやニューロン同士の相互作用を時空間的に表現し、脳機能とこころを重ね描きしていく生成モデルである。数式には、受容体、イオンチャンネル、神経伝達物質や神経調節物質などが装備され、これらの機能を数値化する。そして、これらの数値を変化させることで精神疾患をモデル化していく。このモデルの利点としては、統合失調症のドーパミン仮説、うつ病のセロトニン・ノルアドレナリン仮説などをシナプスレベルから、症状や治療の検証ができることであり、創薬や遺伝子治療においても、いきなり人や動物を対象に実験検証する前に、理論的示唆を与えることができるということがあげられる。今回は、生物物理学的モデルの代表であり、海外論文ではとても主流であるにもかかわらず、国内での紹介が少ない、Integrate-and-fire modelの概要を説明する。必要最低限の数式を使用するが、研究会中に必ず理解できるようなゼミ形式をとる。次に、統合失調症、ASDなどに適用されている研究を紹介する。研究会の参加後、生物物理学的モデルの論文が読めるようなサポート体制もとる。

第1回研究会 総評
平成31年2月15日(金曜日)
沖村宰(碧水会長谷川病院、慶應義塾大学医学部精神・神経学科学教室)
「計算論的精神医学の紹介」
概要:当教室にて計算論的精神医学研究室を立ち上げさせていただきましたが、この研究室の目的、意義、必要性は、研究室の名前である計算論的(Computational)からはわかりにくいと思います。海外では、例えばNIMHにおいて、バイオマーカーや新規の治療戦略を期待した「Computational Psychiatry Program」が開始され、現ディレクターのJ.Gordonは、2018年のAPA総会で「Computational Psychiatry Might Be Game Changer」と述べ、計算論的精神医学の有用性を強調しています。今回、当研究室の御挨拶もかねて、計算論的精神医学とは何か?精神医学に対して、どういう貢献をできるのか?をご紹介させていただきます。ご興味が少しでもある方々のご参加を期待しております。

Links

慶應義塾大学医学部精神神経科学教室・精神病理学研究室(http://psy.keiomed.jp/byouri.html

国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第七部 計算論的精神医学研究室
https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r7/lab/lab02.html

計算論的精神医学コロキウム(https://researchmap.jp/index.php?page_id=13205#_19699

Publications

  • 前田貴記(2019). 精神病理学と生物学の連繋-ありうべき方法論-. 精神科治療学, 34, 613-619.
  • 前田貴記(2019). 主体性の精神医学-精神病理学と生物学とが重なるところ. 精神医学, 61, 507-515.
  • Yusuke Fukazawa; Taku Ito; Tsukasa Okimura; Yuichi Yamashita; Takaki Maeda; Jun Ota (in press). Predicting anxiety state using smartphone-based passive sensing.
    Journal of Biomedical Informatics.
  • 国里 愛彦・片平 健太郎・沖村 宰・山下 祐一(2019). 計算論的精神医学: 情報処理過程から読み解く精神障害.勁草書房.
  • Idei H, Murata S, Yamashita Y, Tani J and Ogata T (2018). A neurorobotics simulation of autistic behavior induced by unusual sensory precision, Computational Psychiatry 2: 164–182. https://doi.org/10.1162/cpsy_a_00019
  • 片平健太郎・山下祐一 (2018). 計算論的アプローチによる精神医学の研究方略および疾病分類の評価. 精神医学, 60, 1297-1309.
  • Katahira, K., & Yamashita, Y. (2017). A theoretical framework for evaluating psychiatric research strategies. Computational Psychiatry, 1, 184-207.
  • Okimura, T., Tanaka, S., Maeda, T., Kato, M., & Mimura, M. (2015). Simulation of the capacity and precision of working memory in the hypodopaminergic state: Relevance to schizophrenia. Neuroscience, 295, 80-89.
  • 山下祐一 (2014). 精神医学研究の新潮流 Computational Psychiatry 2013. 精神医学, 56, 270-271.
  • 山下祐一・松岡洋夫・谷淳 (2013). 計算論的精神医学の可能性適応行動の代償としての統合失調症.精神医学, 55, 885 - 895.
  • Yamashita, Y., & Tani, J. (2012). Spontaneous Prediction Error Generation in Schizophrenia. PLoS ONE, 7(5), e37843.