Integrated Innovation Lab for Psychiatry(領域横断イノベーション精神医学研究室)
研究室について
本研究室は先進的な技術を持つ他分野と精神医学との融合によりイノベーションを生み出し、これまで精神医学単独では解決できなかった重要課題の解決を目指す研究室です。具体的には、機械学習を用いたRBG・赤外線・音声・ウェアラブルデバイスデータの解析、自然言語処理を用いた精神疾患の特徴量の同定、遠隔通信技術を用いた検査や治療の展開、腸内細菌と脳との相関、Neuromodulationを通じた治療部位特定や理想的な治療法の開発、ウェアラブル脳波計を用いた病状評価など、数多くのプロジェクトが稼働中です。共同研究先は精神科の他の研究室のみならず医学部の他の診療科(眼科、消化器内科、内分泌代謝内科、麻酔科)、他学部(理工学部、情報学部)、さらには最先端の技術をもつ多くの企業にわたります。
これまで精神科領域は医学の中でも未知なることが多く、診断や治療が難しい領域と考えられて来ましたが、近年急速に発展している新しい技術との融合によって多くのBreakthroughが起きようとしています。我々の研究室では、このような他分野の技術との融合によって新しい精神医学の研究分野を切り拓き、多くの未解決の問題を解決することを目指します。
慶應義塾大学医学部大学院医学研究科附属
医科学研究連携推進センター 岸本泰士郎
研究プロジェクト紹介
機械学習を用いた表情・体動・音声・日常生活活動の解析(PROMPT)
これまで精神科疾患の評価や診断は、患者さんの訴えに基づく主観的な評価をもとに行ってきました。しかしこれには評価者による偏りが大きく、客観性に乏しいという欠点があります。近年では、センサーや情報技術の発展により、顔の表情や音声、体動などの精神状態に関わる生体情報を客観的に取得し、解析することが可能になってきました。本プロジェクトは日本医療研究開発機構(AMED)の委託を受けて、Project for Objective Measures Using Computational Psychiatry Technology(PROMPT)というプロジェクトネームで2016年11月に始動しました。このような生体データに基づく客観的な評価尺度および診断補助デバイスの開発を通じて、精神科領域における診断を新たなステージに押し上げることを目指します。
自然言語処理を用いた精神疾患の理解(UNDERPIN)
いうまでもなく、精神科医療において患者さんの「言葉」は最も重要な情報です。正しい診断や治療のためには患者さんの言葉を丁寧に理解し症状の特徴を取り出す必要がありますが、従来は客観的に評価したり数値化したりすることが困難でした。本研究では、自然言語処理を利用して、精神疾患の症状を数値化することで疾患への理解を深め、予防や早期発見などの技術開発につなげることを目指します。本プロジェクトは、文部科学省JSTのCRESTに採択され、Understanding Psychiatric Illness through Natural Language Processing(UNDERPIN)というプロジェクトネームで行われています。“Underpin”には支持する、裏打ちする、根拠を与える、という意味があります。本プロジェクトを通じて、言語情報に裏付けられる疾患の特徴を見出し、新しい研究分野を切り開くとともに、診断や治療のための新しいツールを開発したいと考えています。また収集したデータを使って、他の言語・文化圏での研究と比較し、言語の壁を越えた精神疾患の理解を試みる国際的なプロジェクトも行われています。
遠隔精神科医療
遠隔医療とは通信技術を活用した健康増進、医療、介護に資する行為をいいます。日本の精神医療は、現在、高齢化、医師の偏在、引きこもりなど多くの問題を抱えており、遠隔医療技術によってその多くに対処できる可能性があります。当研究室では、ビデオ会議・WEB会議システムや他の媒体を用いた遠隔医療の臨床研究に取り組んでいます。また、日本遠隔医療学会に2015年より精神科分科会を組織し(代表:岸本泰士郎)全国の多くの先生方と連携した研究活動を行っています。さらに2017年1月より日本医療研究開発機構(AMED)の委託研究として志學館大学、千葉大学、遠隔医療協会との共同研究J-INTEREST(Japanese Initiative for Diagnosis and Treatment Evaluation Research in Telepsychiatry)を開始しました。
ウェアラブル脳波計による精神疾患評価
脳波を用いた脳の機能の評価は従来行われていますが、密閉した空間で長時間寝たままで検査する必要があり簡便ではないこと、またどうしても情報量が限られる、といった問題がありました。本研究ではヘアバンド式の簡易型ウェアラブル脳波計と最新のノイズ除去技術や機械学習を組み合わせた、新しい病状の評価方法の開発を行っています。病院だけでなく自宅でも簡単に脳波を計測し,その状態を記録・保存・転送することで,客観的にうつ病、不安症、強迫性障害の疾患・症状などの判定とその程度を知ることができるシステムの完成を目指しています。
Gut-Brain Interaction
腸は第2の脳と言われ、脳と腸は腸内細菌叢を介して相互的コミュニケーションを行っていることが分かっています(脳-腸相関:Gut-Brain Interaction)。精神科領域では、うつ病や不安障害、神経発達障害の腸内細菌が健常人と異なり、腸内環境を変化させることで気分や行動が改善することがわかっています。しかし、食事も文化も異なる日本国内における知見はまだまだ不足しています。慶應義塾大学の当プロジェクトチームでは、様々な研究機関や病院と協力し、国内における脳-腸相関についての知見を集め、脳と腸の双方的アプローチによる検証で、将来精神科領域の診断や治療に役に立てるために、以下のような研究に取り組んでいます。
- 1過敏性腸症候群(IBS)を対象に、糞便微生物移植の介入前後の気分変化の観察研究。
- 2うつ病、不安症を対象に、治療前後の症状の変化と腸内細菌叢の変化の観察研究。
- 3自閉症スペクトラム、注意欠如・多動性障害を対象に、腸内細菌叢のDNAや代謝産物の観察研究。
Neuromodulationに関連した領域横断型研究
脳内の神経ネットワーク間の情報伝達は電気活動と化学物質(神経伝達物質)が担っています。 向精神薬は主に化学物質に働きかけますが精神・神経疾患の治療はそれだけでは十分ではないことがわかっています。 近年の技術発達により、脳神経の電気的活動を修飾することにより精神・神経疾患の診断補助や治療に役立てる試みが世界中で行われています。例えば、経頭蓋磁気刺激 (transcranial magnetic stimulation: TMS)、電気けいれん療法 (electroconvulsive therapy: ECT)、脳深部刺激 (deep brain stimulation: DBS)などがあります。現在、我々はECTに関する以下の研究を進めています。
- 1電気けいれん療法に関する神経画像・神経生理学的検査の解析
ECTの脳の構造と機能に与える影響を、主に頭部MRI、脳波、NIRSを用いて解析しています。ECTの治療反応予測因子の探索、作用機序の解明とより低侵襲のneuromodulationへの応用を目的としています。 - 2電気けいれん療法に関するアンケート調査
ECTを受けられた患者さんとその家族に対して、その体験・満足度等に関するアンケート調査を行っています。これからECTを受けられる患者さんとその家族への情報提供に役立てることを目的としています。 - 3電気けいれん療法の最適な麻酔法の検討
ECTは麻酔方法によりその治療効果や認知機能への影響が変わる事がわかっています。慶應義塾大学医学部麻酔科学教室との連携により、ECTに適した麻酔法の検討を行っています。
精神科イノベーションに関連したELSI(Ethical, Legal and Social Issues)
新しい領域においてイノベーションを起こし、社会に受け入れられ広がっていくためには、ELSI(倫理的、法的、社会的課題)に関する検討も不可欠です。本プロジェクトでは、人文・社会科学の研究者らとともに、先進的な技術を持つ他分野と精神医学の融合に伴う、個人情報保護や知的財産権等の法政策上の課題をはじめ、産学官共同研究のあり方や、人権的な問題・経済的な問題等、幅広いテーマで研究を行っています。