司法精神医学研究室

いかなる医学にも社会との接点があります。その接点においてはじめて、それぞれの医学の真価が、そして限界が、目に見えるものになるとも言えるでしょう。

精神医学と社会には、司法という独特な接点があります。そしてこの接点は、刑事事件の精神鑑定という形で具現化します。司法精神医学研究室の活動の中心は、この精神鑑定です。

精神鑑定とは何か? よく聞かれる質問です。
精神鑑定とは、診断です。但し、治療の要素はないか、あるとしても最小限の診断です。これが臨床との最大の違いです。
日常の臨床では、通常、診断とは、それ自体が目的ではなく、あくまでも治療が目的です。ですから、最適な治療のためには診断の正確さを犠牲にするという背 理も、精神科の臨床ではしばしば発生します。たとえば、トラウマの実体を明らかにすることを、反治療的になり得るという理由で控えるといったことは、臨床 では正当化されるでしょう。それは医療として正しい姿勢ではありますが、真実 は曖昧なままに残されることになります。

精神鑑定では、どこまでも真実が追究されます。その意味で、「究極の診断」であると言えます。そして「究極の診断」という作業を行なうことは、臨床における正確な診断技術にもフィードバックされ得るものです。

精神鑑定の結果を参考にして、裁判所は被告人の責任能力の有無を判定します。もし被告人の脳に異常が見出されれば、犯罪行為は「悪」ではなく、「症状」と みなされ、刑事罰は軽減されるのが通例です。けれども、あらゆる精神現象は脳の機能の現れである以上、精神医学ないしは脳科学の進歩に伴い、「悪」と「症 状」の境界の曖昧さが露呈してきています。そしてこの問題は、すでに法廷での論争を生んでいます。このような問題を扱う司法精神医学は、単に精神医学と司 法の接点であるにとどまらず、脳科学と人間社会の、最も生々しい接点であるとも言えます。

精神鑑定という実践こそが当研究室の活動の中心ですが、加えてセミオープンの講演会も行なっています。また、精神鑑定そのものの検討会は定期的に行っていますが、これは公判中の事件を扱うという性質上、クローズドで行なっています。

参考書: 道徳脳とは何か  タンクレディ著 村松太郎訳 創造出版 2008年